移住者インタビュー
INTERVIEW百色移住インタビュー
自分らしく暮らしたい、そう思った時には松山への移住を決意
仕事が中心ではなく、いつの間にか仕事が全てになっていた都会暮らし
神奈川県で生まれ育ち、東京でプログラマとして働いていた広行さん。一方、洋子さんは松山出身。高校卒業後、海外に渡り、カナダ・アメリカの学校を卒業後、デザイナーとして就職をした東京で広行さんと出会い結婚。関東でマイホームも購入し、順風満帆な生活を送っていたように見えた濱名さんファミリー。実は、広行さんの仕事の忙しさから、家族とのすれ違いの毎日になっていたそうで、心の中では洋子さんも心配していたよう。
そんな時に、広行さんから一通のメールが。それは「松山に移住すると、会社に宣言しました」というものだったそう。少し前からインターネットで松山の物件を覗いてみたり、洋子さんの実家への帰省などで松山に帰って来た時の様子からも、松山のことが好きなんだろうという予想はしていたという洋子さん。それにしてもあまりに突然のことで驚いたと同時に、やはりちょっと安堵したそうだ。
「もともとテレワークを推進していた会社だったこともあり、相談してみたら二つ返事でいいんじゃない?と会社に言われ、あとはトントン拍子でした」と広行さん。宣言したのが2016年末、そして2017年の夏には愛媛の現地を視察する愛媛県主催の移住ツアーに参加し、2018年4月には移住を叶えた。
色々見た結果、やはり愛媛だなと
「東京のビックサイトで行われた移住フェアで全国各地の方達の話を聞いてみて、やっぱり愛媛がいいなと。同じく神奈川県から伊予市に移住をしていた本田さんとの出会いも大きかったように思います」と広行さん。実際に同じような環境から 移住した人の声を聞けたことや、いろんな相談にのってもらったこと、そして移住ツアーに参加してみて、街まで30分あれば十分いけて、自然環境も多い松山市に決めた。そして、時間を見つけては夫婦で自転車に乗ってくまなく走り回り、通学路は安全か、周辺環境はどうかと、車で走るだけでは見つけられない細かな部分をチェックして、現在の場所に居を構えることに決めた。
せっかく家で仕事をするのだからと、仕事場から見える風景には隣のビルや建物が入らないところに。周りは田んぼばかり、遠くには石鎚山、夜には月がぽっかりと見える部屋で、広行さんはリモートワークを行っている。
「満員電車に揺られる通勤時間もなくなりましたし、ご飯は家族で一緒に食べられる。窓からの風景を見れば仕事の疲れも吹き飛びます」と言う。プログラマという仕事柄、システムの更新には深夜の作業が必須になる時もあるのだが、仕事さえ終えてしまえばベッドに直行できる。体への負担も格段に減ったそうだ。たまに困ることは、梅雨時期にリモートでスタッフ会議をしている際、カエルの鳴き声が大きすぎること・・・(笑)。田んぼに囲まれているが所以の悩みだ。
ご近所関係も良好で、「斜め向かいのお米農家の方のところでお米を買うとお野菜もたくさん分けてくれます。うちも魚がたくさん釣れた時はおすそ分けするのですが、全然追いついていません」と洋子さんも笑う。既にこの町にすっかり馴染んでいるようだ。
子どもたちにも良い影響が
松山市を選んだ理由のひとつとして、小児喘息の持病を持っていた巧隼くんのこともあった。関東在住時は点滴や入院などをすることもあり、かかりつけの病院や薬局が近くにあることが必須だったそう。けれども松山に来てからというもの、発作が出なくなり、安心して暮らせるようになったそうだ。
また、もともとアウトドアが大好きで、なんとか時間を見つけてはキャンプや釣り、マリンスポーツやスキーなどを楽しんでいたという濱名さんファミリー。「関東のキャンプ場では、キャンプサイトの利用料金も高い上に、早朝から並んでも抽選で外れてしまうことも。今は思い立ったらいつでも行けて、なんなら歩いて数分で重信川に行けるし、庭から美しい星空が見えます。こんな幸せな環境ってあります?」という広行さん。釣りの頻度が増えたことで、巧隼くんは魚の三枚おろしが自分でできるように!海好きがどんどん加速しており、海洋生物学者になりたいという夢も膨らんできているようだ。またどちらかというとシャイであまり外で遊ぶタイプではなかったという詩ちゃんは、外で遊ぶことが増えたことにより、実は運動神経がすごく良いということがわかり、家族も驚いたそうだ。
松山からすぐの睦月島は家族全員お気に入り
西へ東へ、愛媛県内をくまなく遊び尽くしているという濱名さんファミリー。近所の土手を家族全員でサイクリングしてみたり、そして少し時間ができた時などは足を伸ばして、松山近郊の島へ。どこか昭和の原風景のような、のどかな雰囲気の残る睦月島が大好きなのだそうだ。堤防で釣りをしたりしてのんびりと過ごす。巧隼くん、詩ちゃんに好きな場所を聞いてみても、「睦月島!」と即答だった。最近では子供たちの関東時代の友達ファミリーを松山に招き、一緒に愛媛観光をすることもあるそうだ。
「松山に移住してからは子どもにとっても、家族にとってもいいことづくし。息子同様私も持っていた持病の喘息が全く出なくなりました。でもひとつだけ不満があるとすれば、図書館が少ないこと(笑)」と教えてくれたのは、洋子さん。自身もデザインの仕事に就いていることもあり、本を読んだり、美術館に足を運んだりというのがライフワークとなっているそうで、またお気に入りの場所が増えたらいいなと語ってくれた。
松山暮らしの本音を教えて!
Q 移住者へのアドバイスは?
そこに入って住んでみないとわからないことがあります。家族や自分に合った場所がきっと見つかると思うので、頭で考えるよりも行動してみるというのも大切かなと思います。そして、最近ではどこにいても仕事はできるものだと思うようになりました。チャレンジしてみてください。
Q 松山に来て驚いたこと
実家があるエリアと、今住んでいるエリアでは、周囲の人との関わり方が全く違います。松山市内でも場所によっていろいろなんだなと、とても面白いと思いました。
Q お気に入りの場所は?
海、山、近所、本当に全部がかけがえのない場所です!今最も自分らしくいられる場所は、間違いなく堤防です!(笑・広行さん)
濱名広行さん、洋子さん、巧隼くん、詩ちゃん
関東でマイホームを構えていたものの、より自分らしく生きる道をと2018年に松山市に移住。広行さんはリモートで会社の大事な管理職としての役割を果たしている。
- 移住時の年代
- 40代
- 家族構成
- 夫婦と子供
- 移住スタイル
- Uターン
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