INTERVIEW百色移住インタビュー

自分の原点である海のそばで叶えた夢。人が集い、つながるゲストハウスのオーナーに

長野さくらさん

アイルランドの「パブリック・ハウス」に刺激をうけた大学時代

長野さんが松山市の北条エリアにUターンしたのは2022年。学生時代からの宿を開業するという夢を叶えるため、8年過ごした九州から移住した。

松山市の北条エリアで生まれ育った長野さんは、大学進学を機に九州へ移り住んだ。英語力を生かして観光などの仕事に就きたいと考え、大学では英語を専攻。在学中にワーキングホリデーで訪れたアイルランドで「パブリック・ハウス(通称パブ)」という文化にふれ、大いに刺激を受けた。「年齢や職業、国籍、旅人か仕事帰りかなんて一切関係なく、ただグラスを傾け打ち解け合う。日本に帰ったらこんな文化を作りたいと思いました」。いつしかその思いが宿に携わりたいという夢へと繋がった。

離れたからこそ見えた故郷のよさ

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夢に向かってまい進する中、慕っていた大叔父を失ったことで長野さんの心に変化が起きた。「小さいころ船を出して一緒に遊んでくれた親戚のおじいちゃん。居なくなって、何かが欠けてしまったような気分になりました。松山を離れてから初めて子どもの頃の思い出を懐かしく感じました」。広い世界を求め県外へ出たが、地元の素晴らしさに想いを馳せるようになった。

「帰省の度に地元で頑張っている人たちと交流を重ねる内、やりたい事がこの場所にマッチすると思うようになりました。楽しく、忙しく暮らしながら夢を実現できそうだとワクワクしました」と話す長野さんは、生まれ育った町で宿の開業を決意した。家族には心配されたが、漠然とやっていける気がしていたという。その根本となるのは、人とのつながりと北条の海の美しさだった。

「PUBLIC HOUSE はま」始動!

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長野さんが選んだ建物は、海のそばにある親戚の元駄菓子屋さん。屋上から望む北条港や鹿島の眺めに一目惚れ。長野さんにとって「欠けてしまった何か」を埋めるのにぴったりの場所だった。九州で夢を語り合った、独立間もない大工の友人の手を借り、思い描いた建物へとリフォーム。2022年12月、喫茶・セレクトショップ・ゲストハウスを併設する「PUBLIC HOUSE はま」がオープンした。

原動力は「楽しい」の追求

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オープンから半年。会社員として雇われ女将をしていた時よりもオーナーとしての責任の重さはあるが、自分のペースで働けることに満足し、遊ぶことにも全力投球。近所の人が作ったカヌーにモーターをつけ、子どもの頃のように海に遊びに出ようと企画している。「カヌーもモーターも、仲良くなったご近所さんが持ってきてくれました。最近ではご近所の人がひょっこり訪れ、手を貸してくれたりするんですよ」。

「自分も人と人をつなげる役割を果たしながら、街づくりの一端を担っていければいいなと思っています。本当に好きな場所で暮らすのが一番。そのお手伝いをしたいなと思っています」と話す長野さん。誰でも集まり、つながることができる公民館のような場所。アイルランドで夢見た場所が、長野さんの楽しい毎日の中心になっている。

松山暮らしの本音を教えて

Q お気に入りの場所は?

鹿島を眺めながら、北条港から続く海沿いを散歩するのが大好きです。鹿島へは渡船で約3分。気軽に島遊びに出かけられるので、アウトドア好きには絶好のスポットです。

Q 移住者へのアドバイスは?

きれいな海にこだわるなら北条エリアがおすすめです。市内中心部から車で30分ほどの郊外ですが、飲食店やスーパーなど日常で必要なお店は揃っています。映画を観たいときは市内中心部まで出かけています。

Q びっくりしたことは?

北条エリアの海のきれいさに地元の人は気づいていないことに驚きました。目の前はきれいな海!でも生活するのも便利。ぜいたくなロケーションだと思います。

長野さくらさん

松山市の北部に位置する北条エリアの出身。大学・就職と九州で過ごし、2022年5月に生まれ育った松山市北条エリアに8年ぶりにUターン。

移住時の年代
20代
家族構成
単身
移住スタイル
Uターン
移住時の年代
20代
家族構成
単身
移住スタイル
Uターン