INTERVIEW百色移住インタビュー

地域のコミュニティに入りこめるかどうか、それが確信できたから松山へ。

山田敬宏さん

夢に向かって一筋。武者修行的な20代

愛媛県西予市に生まれ、デザイナーになりたいという夢を叶えるため、高校を卒業後神戸芸術工科大学に進学した山田さん。大学4回生の時にバブル崩壊と阪神淡路大震災を経験。過酷な状況の中でもなんとか就職先が決定したのが、卒業間近の3月だったそう。日本を代表するテーマパークのグッズなどのデザインをはじめ、さまざまなプロダクトを手がけていたが、社内デザイナーは新入社員の自分ひとりという環境。デザイナーとしてより高みを目指したいとの気持ちから、単身ニューヨークへ渡ることにした。「ほとんど飲み歩いていただけのような気がする」と山田さんは笑うが、語学を勉強しながら、さまざまな国の外国人とルームシェアし交流することで「知見を広げる」という目的を叶えていった。「当時は日本のデザインはダサい。海外のモノがかっこいいという風潮があったんですが、外国人と話していると日本のプロダクトへのリスペクトがあり、日本の品質の凄さに気付いたんです」。そしてニューヨークで半年過ごしたのち、1ヶ月ほどヨーロッパを周ってから帰国し、大阪のデザイン事務所に就職後、フリーデザイナーとして活動。そして大学時代の友人と兵庫県西宮市で1999年9月に現在の会社『リプル エフェクト』を立ち上げた。
28_2事務所に飾られている、デザインコンテストで受賞した数々のトロフィーや作品

いつも心のどこかにあった長男としての責務

仕事が順風満帆な中でも、いつも心のどこかにあったのは家業を継ぐべきかという責任感。長男ということもあり、何度も父に切り出すべきかどうか、悩んでは話題にせずに飲み込んだことがあったそうだ。でもそんな時に父から「仕事も順調なんだし、やりたいこと、自分にしかできないことをしなさい」と肩の荷を下ろしてくれた。それもあり、デザイナーとしての仕事を続けていく決心がついたが、とはいえ両親の近くには居てあげたいと思うようになった。

「地域に入り込むためには」を教えてくれた恩師

そんな時に思い出したのは恩師の言葉。60代でセミリタイアし大阪から熊本に戻ったという恩師は、長年離れていた地元では居場所を見つけられず、また関西に舞い戻ったそうだ。その話を聞いているうちに、「少なくとも40代のうちには戻って、その地域にコミュニティを持っていないと暮らせないな」と確信したそう。

今までのクライアントの仕事を続けるためには、出身の南予ではなく都市圏にアクセスも良い松山にしよう。けれども今の松山には知り合いがいないという状況から、2ヶ月に1度の松山通いをスタート。ビジネスホテルを拠点に仕事をしながら、1週間程度松山に滞在し、松山で行われている様々なセミナーや会合に顔を出したり、クライアントになりそうな企業や工場などを訪問。どんどん人脈を開拓していった。そんな生活を1年も続けていくと、次第にコミュニティも確立し「これならば帰っても大丈夫だろう」と思えるようになったこともあり、移住を決心したそうだ。

それと同時に苦労したのは、生活の拠点選び。「土地勘のなかった自分には、どのサイトを見ても、エリア名はおろか、JR松山駅と松山市駅がどれくらいの距離で、どのくらいの所要時間がかかるのかなど全く分からなかったんです」と山田さん。そこで、松山市の地図を細かくつなぎ合わせた地図データを作成。それと同時に、人生の半分近くを過ごしてきた西宮市の地図データを作成し、2つの地図で見比べながら距離感や時間感を掴んでいったそうだ。結果、自宅は、松山空港、中央商店街、松山インターチェンジを基点にした最も便利な位置を選んだそうだ。
28_3地図に行動範囲を落とし込んで確認していたデータ。これがなかったら今でも土地勘がないままだったかもしれないと言う

中心部に遠すぎず近すぎない一軒家を選択

2017年9月に松山への移住を果たした山田さん。熟考を重ねたからこそ、結果「今の自宅には全く不満はない」という。自宅の1部屋を事務所スペースにし、2階のセカンドリビングには夢だったオーディオルームを設置。松山に移住したからこそ実現できたと教えてくれた。
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Q 松山に来て驚いたことは?

飲み会の終わりという概念がないこと(笑)。兵庫に住んでいた頃は大阪での飲み会があっても終電という、切り上げるタイミングがありました。でもこっちはそれがない。いつ終わるか、いつ帰るか家族にも宣言できません。
あと、移動手段は自家用車の人も多いので、郊外の人は代行を利用する文化があります。都会では代行を利用することが無いので代行の使い方がわからないし、移住サイトなどに利用マニュアルがあっても面白いかもと思いました。

Q 移住者へのアドバイスは?

やはりどう過ごしたいか、生活の中心となる行動を考えて居住地域を選ぶのは大切だと思います。自分のように、現在地と新天地を地図にして距離感や時間感を考えるのはおすすめです。あと、今の日常の行動手段で回ってみるとよく分かりますよ。

山田敬宏さん

愛媛県西予市(旧・宇和町)出身。兵庫県西宮市で暮らしたのち、実家に近いところにと2017年移住。自身で立ち上げたリプル エフェクトの代表を務めるほか、クリエイター団体のクリエイターズクラブ愛媛の代表でもある。

移住時の年代
40代
家族構成
夫婦
移住スタイル
Jターン
移住時の年代
40代
家族構成
夫婦
移住スタイル
Jターン